3DエロアニメとHRギーガーの類似性

永遠に与えられ続ける快楽/苦痛があったらそれは苦痛/快楽になるのではないか?
快楽と痛みの境目はどこにあるのか?

ただ同じ動作と数種類の表情の変遷を見せるだけの3DエロアニメにはHRギーガーの一部作品との共通性を見出すことができる

⑴ 3DCGは造形、質感ともにリアルでありながら同時に非現実的かつ無機質であって、我々は奇妙な感覚をおぼえる。HRギーガーのグラフィックもまた、硬質なメタルのような質感と有機的なエロティックさを同時に併せ持つ。

⑵ 永続性を感じさせる。同じ動作を繰り返す3DCGはその一切をプログラミングされており、ターミネートしない限り永遠にそれを反芻する。ギーガーの絵画世界は平面的かつ極度に閉鎖的であり、登場するキャラクターは2Dの世界にパックされて同じ表情を続けている。しかし同時にその閉じた世界の中にいながら表現は有機的であるので生きているようにも感じさせる。

⑶ 両者ともに快楽を与えられ続ける状況にある。上記の条件によって永続性を仮定された両者キャラクターは永遠に同じ動きと同じ表情で快楽を抱き続ける。

終わらない快楽は絶望を連想させるが、同時にすべての人間性を失って一つの電気信号を受信し続ける動物以下のオブジェクトに成り下がるマゾヒスティックな希望も想起させる。おわり