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空間と感覚のなきがら、その剥製

シャッターを切る時に被写体がそのレンズのまえに待機させられているというのは滑稽だ  それが偶然であれ、意図的であれ不動であれ動的であれ、真に写したいとおもっているのは自分を対峙したり内包したりする空間に存在する自分が抱く感覚なのであって、そこに目的物や対象物は無い。それを写したとしても写真に残るのはその死体でしかないからだ。写真とは自分の目が見た空の色を他者に与えられる装置ではない。自ら感じた色や形を伝えられないなら、目に見えないものの残り香をフィルムに焼きつけることに執心したい