凶暴なやるせなさが座り込む

嫌なことが起きて、奔走して疲れて、また何か些細な喜びがあって、またつらいことが起きて、必死になって耐えて、また少し良いことが起きて、永遠に飴とムチを与えられるだけが生きるということなんだろうか

飴があるだけマシだとは思わない  苦しみは喜びがあって成り立つからだ  僕らが心の底から希求している喜びは、僕らの最大の恐怖をも与えてくれる

疲れてしまった  あまりに現実感が欠けていて、生きている感じがしないよ  金魚鉢の中を泳いでいる自分を見てるみたいで最もあるべきここには自分が感じられないよ

ただ寂しさと、光への飢え、苦しみ、苛立ち  ひたすらに凶暴なやるせなさが床の間に座り込んでいる  

心や身体は疲れてしまう  痛みを感じるのには体力がいるらしい  そのうち何も感じなくなったら生きるのをやめようと思った  

煙草を吸ってこようかな  これが気分転換になったらいいな  そう思っているのも、実際そうはならないと思う自分をごまかしてるだけだっていうこと、そんなの知ってるよ

煙草は生活の句読点だと言う  だとすれば僕の生活はあまりにきれぎれで、吃音のようだ

すごく孤独で、他人の目の中にいる自分が怖い ずっと手を握っていてほしい